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作者の乙一(おついち)さんは、1978年生まれ。17歳のときに『夏と花火と私の死体』で、第6回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞。2000年現在大学4年生。現代日本ホラー小説界の最注目株、と言われているらしい。残念ながら、ジャンプ小説・ノンフィクション賞って知らない。集英社でジャンプとくれば、「少年ジャンプ」系の小説賞なんでしょうか。マンガに飽きた子どもたちを活字へ引っ張る媒体、文学賞なのかな? そのへんのところは全然知りません。 さて本作は、短編が4作集められた小説集である。一番最初に収められた作品「石ノ目」が作者20歳の時の作品。以下順に、「はじめ」が18歳から19歳、「BLUE」が19歳から20歳、「平面いぬ」が21歳の時の作品である。驚きの年齢には違いないが、作品を読むとき、作者の年齢を加味して読むことはないので、あまり関係ないかな。作者何歳の作品! とキャプションがついて初めて驚く作品なんて最初からたいしたもんじゃないのだ。年齢を外してみれば、どれもそれなりかな。 好ましいと思ったのは、年齢相応のテーマで作品を書いている点だろうか。変に背伸びせず、等身大で物語を綴っているところに好感が持てた。それと執拗さ。これは特筆すべき点だと思う。これでもかと物語を突き詰めて作り上げる姿勢。手馴れた年季を積んだ作家だったらとうに結末を迎えているであろう箇所を、これでもかこれでもかとこねくり回す。これも良いとは思うが、ケースバイケースで吉に出ることも凶にでることもあると思うのだ。別の面から見れば書きすぎとも思うし。 「斬新な文体で新しいホラー界切り開く……」とあるが、文章的にはそれほど斬新とは思わない。はっきり言って、まだまだだと思う。「はじめ」の幼稚な文章から、一年後に執筆した「BLUE」に見える文章面で長足の進歩はすばらしいとは思う。が、作品的には、綾辻行人が気に入っているという「はじめ」にしろ、どの作品もどこかで読んだか聞いたかしたような着想の作品ばかり。少なくとも新しいホラー界を切り開く、というような印象は持てなかった。なんとなく結末の見える作品ばかりだし、「平面犬」なんてもっとエロチックになるかと期待しちゃったし。これだからひねた大人は嫌だね。 年代的な先入観を持って読んでしまった。もっと破天荒でぶっ飛びのホラーかと思ったら、以外と地に足がついていました。良い意味で裏切られた、かな。『夏と花火と私の死体』も読んでみましょうかね。図書館にあれば。 |
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新宿鮫シリーズ、数えて7作目の作品かと思ったら8作目にあたる作品らしい。カッパ・ノベルスから出る『灰夜』7作目。連載を始めた順なのかな。まあ、それはおいといて、これはいいぞ。シリーズを読み続けて良かった。大沢作品では『雪蛍』と肩を並べる味わい深い、大人の鑑賞に堪えうる、シリーズを代表する傑作の誕生と断言してしまおう。くどい…(^^;;;。 傑作との誉れ高いシリーズ第1作『新宿鮫』、第2作『毒猿 新宿鮫II』の印象が強く、それ以降は第6作『氷舞』がちょっと良かったくらいで、個人的には少々停滞気味だと思っていた。途中、第4作『無間人形』で直木賞を受賞したが、晶の揺れるロケットおっぱいに鼻血が出そうになったくらいで、これはどうもいまいち。3作目『屍蘭』と5作目『炎蛹』はあまり思い出したくない。それでもそこそこの作品群を世に送り出していたには違いないのだが、ある種の呪縛から抜けきれないように思えたのだ。シリーズ最初の2作が熱狂を持って迎えられた結果、以降の作品からは作者自身の迷いや焦燥が滲み出て、咆哮するようにいろいろな可能性に手を出してきた。残念ながら、そのどれもが中途半端に終わってしまっていたように思えて仕方がなかったのだ。意図がわからない…、架空の毒とか架空の覚醒剤とか架空の…etc。 この作品では原点に帰ったのだ。原点とはつまり、新宿である。鮫島が新宿に来て7年になると、本人の台詞で明らかになる。第1作から実際は10年を経ているはずだから、6作『氷舞』からこの作品までの3年を端折ったのかな、などとつまらないことを思いつつ、作者が開陳する新宿史に胸を熱くした。「新宿クロニクル」 そう呼んで差し支えないと思う。6作目まで迷い続けた作者が立ち帰った原点、「新宿」。盛り場としての宿命。過去・現在・未来。戦後の動乱期と、現在の騒乱をある程度比較しつつ鮫島の立ち位置を探る。警察の立ち位置を探る。警官の仕事とは何であるか。警官としてどう生きていくのか。そして、人間としてどう生きていくのか。手探りながらも、警官の抱える前者と後者のジレンマに自分なりの答えを見出す鮫島がとても良いのだ。 追う犯罪も奇を衒わない。自動車窃盗犯である。これの捜査を縦糸に物語は進む。鮫島の見事な捜査が光る前半部。この捜査が思わぬ横糸を生む。屍蝋化した永久死体の謎である。風化した水脈が浮き上がらせる悲しき犯罪とその顛末。そして、前述のジレンマに答えを出し、責めを一生背負うと決めたひとりの男の轍。鮫島はその轍をどんな思いで踏むのか。交わされるひとつひとつの言葉が百の思いを語る。ベルベットのような夜の描写が被さる。風化した水脈が浮かび上がらせたのは、永久死体だけだったのか。 そして重要な横糸が、真壁との交情である。互いに”男”を認め合いながら、敵対する組織に属する二人の男。現代では、風化しつつある矜持を持った二人の男。それぞれが、警官であり、ヤクザである前に何であるか。敵味方の違いはあるが、『毒猿』を髣髴とさせる、底の深い友情。打たれました。女性もいいし。 シリーズオールスターキャストがちょっと不安かな。遠隔的ながら、ロベルト・村上まで絡ませる。その上、たった2シーンの登場ながらも、晶と関係にもひとつの結論が出される。随所で、過去のシリーズで扱った事件が語られ、まさにシリーズ集大成、あるいは最終作といった趣。ちょっと心配ではある。 マイナス材料としては、最終部分がちょっと呆気なかったかな。もうちょっとサスペンスを盛り上げて欲しかったとか、もうちょっと長く緊張感を味わいたいとか。新宿警察署内部でも桃井や藪らの鮫島寄りのキャラしか登場しないから、鮫島のアウトローの部分が希薄になってしまったとか…。あ、なるほど、それでも風化しないのか…。もはや伝説となっても風化しない鮫島の矜持。風化するものと風化しないもの…。う〜ん、考えれば考えるほど味わいのある逸品でありますな。 |
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SFっぽい雰囲気を漂わせながらも、SFとは言い切れないような…。では、ミステリかといえば、もちろんミステリなのだが、異色さが際立っていて他の追随を許さない。こんなボーダーレス、クロスオーバーな作風が井上さんの特色なのですね。『ダレカガナカニイル…』もそうだったな。岡嶋二人のころの作品はそれほど読んでないが、紛れも無く中心はこのお方だったのですねぇ。 この物語の何が異色といえば、発想なのだ。臭覚、なのである。更に凄いのは、匂いを臭覚として感知して鼻の知覚のみで終わらせない。おかしな書き方だが、なんとこの主人公は匂いを目で見てしまうのだ。豊かな逆転の発想。更に更にワンアイディアで終わらない。この匂いを視覚で検知する感覚の周辺、つまりそれによって起きうるあらゆる事態を想定して、細かくディテールを積み上げてリアリティを演出する。主人公は、普通の人間の数百万倍から数億倍の臭覚を持つ男、ミノルだ。ミノルが視覚的に臭覚を検知する術を会得してから、世界が全てミステリになる。世界はなんとミステリに満ち溢れていることか。 こんなミノルが、姉を殺したシリアル・キラーを追う。緻密な構成で、かなり読ませる。ミステリ的な楽しみが随所に散りばめられていて、犯人の境遇などが明かされてからは一気読みだ。意外なところから、意外につながる点と線のおもしろさ。臭覚を画期的に扱ったおもしろさはもちろん、その能力が生むサスペンスも詳細に描かれ、まさに異色のミステリ小説に仕上がったと思う。 へんに頭でっかちにならないところが、さすがに手練のエンターテイメント作家なのだ。このテーマを捏ね繰り回せば、人間の知覚の危うさ、世界の危うさ、とかね。意識しなくても文学的、あるいは哲学的で頭でっかちな物語に陥りやすいと思うのだ。それの方が簡単だしね。そういう作品の方が出来が良いように思われがちのような…。逆もまたで、犬並みの臭覚を持ったハンターに終始してしまえば、陳腐な三文小説になったことでしょう。 そんな題材をバランスよく、良質なエンターテイメントに消化したところに、この作家の良さというか個性があると思うし、作品的成功があるのだと思う。作者が具体的に道を指し示さなくても、読者によっては言外の意図を読み取るもの。傑作だ。 |
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2000年、小川勝己『葬列』と共に、横溝正史賞正賞を受賞した作品である。受賞時のタイトルは『ホモ・スーペレンス』。人類の行く末、その生物としての更なる進化という壮大なテーマで物語を展開する。これもなかなかの力作で良かったと思うが、『葬列』の方により作品としての力を感じるし、小川勝己さんの方により将来性を感じる。別に医師が専門知識を駆使して物語を構築してはいけない、なんてこれっぽっちも思ってはいないんだけど。 偉大な哲学者らの警句が各章の冒頭を飾っている。だが、そのわりに哲学が感じられない。もちろん、エンターテイメント作品だから、リアリズムを補助する専門知識以外の、無用な頭でっかちは不必要だとは思うが、どうも深遠なテーマにたいして踏み込みが甘いように感じられてしまうのだ。グエンに単なる種の保存以外の、何事か哲学的な衝動を与えればもっと物語に厚みが出たと思う。人間以外の生物……、この捉え方もとても冷たい。結局、グエンを人知を超えた単なるモンスターとして描いたことに大きな不満が残る。進化してしまったがゆえの悲哀を経て、自分が選ばれた種であることへの自負がどう生まれて行ったか。ここらへんにもっと物語があっても良いと思うのだ、個人的には。 凝りに凝った構成に難ありかもしれない。時制がとてもつかみづらいのだ。冒頭の1980年から20年近い物語である。アメリカ、日本と交互に物語が進む。アメリカでは冷凍庫から夫婦の凍死体が発見され、彼らの息子が行方不明になる。日本では、天才肌の少女沙耶を巡る物語から、アメリカへ留学する石橋と見送る涼子の物語が語られる。これらを細かく場面構成して、それぞれを微妙にリンクさせながら描くのは練りに練った構成とも言えるのだが、時間の経過がほとんど語られていないので、出来事が時制の連続として捉えられない。結果、物語の細部が朧になってしまう。もうちょっと神経を使うべきだと思うのだ。 物語のひとつの真相には、読者の大半がびっくり仰天するでしょう。こんな仕掛けはとても好きだが、あまりにも強引過ぎるんじゃなかろうか。ここまでひねるからにはもっともっと伏線が必要。この程度ではダメだ。だいたい、なぜグエンだけが特別だったのかが、さっぱりわからない。このあたりのいい加減さを指して、帯の惹句「ハリウッド映画のような壮大なストーリー〜」が導き出されたんだなら良くわかるんだけどね。 |
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『催眠』『千里眼』で一大旋風を巻き起こした作者が、荒唐無稽な冒険譚から一歩離れ、52歳の男を主人公に据えて描く魂の物語である。虚無で全身を覆い尽くす主人公榎木康之。贖罪と魂の救済、親友の失地回復などはハードボイルドの定番テーマで、文体も鼻白むほどにハードボイルドを意識している。だが、ラストでぶっ飛び。これはなんというか…。まだ30歳代前半の作者が50男の心情なんて、ハリウッドもどきの豪腕で冒険譚を書き飛ばしていた作者が…、と嘲笑うなかれ。細やかな中年男の心情がかなり味わい深く書けていると思うのだ。 だが、ぶっ飛びのラストまで読んで、更に何箇所か読み直してどうにも納得いかない点が出てきた。あまりと言えば、あまりの種あかし。この強引さは『千里眼』や『催眠』に通じている。 以下、ネタバレ。未読の方は注意。 だいたい、これだけ歴史あるお祭りで、本物の神人と神人の影武者である難負人が別だったなんて、誰が納得しよう。難負人になった人は結局騙された格好になるんだから、腹に一物持つでしょう。ずっとばれないで秘密が守られるなんてありえない。辻褄合わせのできないことはないが、いくら田舎だろうが、難負人を厳選しようがどっかから漏れるでしょう。こんな伝統は守られるはずがない。 榎木はちゃんと神人に書類を揃えて応募したんだろう。神人の選考の時には何人もの人間の目に触れている。難負殿へ向かうとき、神主を先頭にして多賀に挟まれる形で真中に榎木がいたのだから、多賀と共に榎木の姿がテレビにも映っているはずだ。榎木の死体について、きっちり捜査すればこんなものはすぐにでも判明すること。もし、警察もグルならば、ひとりに対して全員が敵、ほど不毛で都合の良い物語はない。 他にもいろいろある。あの程度の策で、タガノヤの信用が傷つくって…。策士策に溺れる…。ぼくの読解力が足りないだけならいいんだけど。ただ、作者の別の面が見えて良かった。このあたりは大いに期待したい。 |
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第六回日本ホラー小説大賞受賞作の表題作の他に、書き下ろしで「密告函」「あまぞわい」「依って件の如し」の短編三作を加えた四作が収められた作品集である。 噂が先行して、ある程度の風評が固定している作品には、なぜかウマが合わないことが多い。この物語(表題作)も条件は揃っていたので及び腰だった。それを今ごろになって読んだのはたまたま図書館で見かけたからなんだけど、う〜ん、みなさんがおっしゃられるほど驚かなかったし、怖くも無かったかな。読んだ場所は、誰も鳴らした覚えのないナースコールが鳴る深夜の病室。ホラー小説を読むには絶好の場所と時間なのだが、自分を取り巻く環境への過剰な拘りや、人間へのある種の恐怖が先に立ってしまったのかもしれない。物の怪の恐怖を上回ってしまったのですね。読むタイミングを間違えたのかも。 確かに、絶品といえる雰囲気はあると思う。例えようもないねちっこさというか濃厚さだ。濃厚さは他の収蔵作にも共通している特徴で、岡山を舞台に絶妙に低い視線で人間たちの妄執が見せる物の怪を描いている。しかも、芳醇な文学の薫りを漂わせながら。表題作以外には、この文学の薫りをちょっと意識し過ぎた面が強過ぎると思うが、いづれも地を這うがごとき低い視線がすばらしい。地元岡山への拘りもひとりの作家の原点を見るようで好ましいと思う。民話とか伝説を絡めた手法はそれほど目新しいとは思わないが、そういったテーマを、足掻く社会の底辺の人たちに重ね合わせながら、独特のねちっこい文体で語るスタイルは確立されているように思う。この作風この雰囲気にこの文体あり、ですね。ただし、これは好き嫌いがはっきり分かれるかもしれない。かなり読みづらいですからね。 収録四作は、どれをとってもかなりのレベルに達していると思う。個人的には、板東眞砂子さんなんて目じゃないとも。板東さんよりは視線がずっと低いし、その上作者独特の雰囲気も持ち合わせているし。あ、作家本人の風貌がホラー向きだなんて思ってませんから…(^^;;;)…m(__)m。課題は長編をどうこなすかでしょうか。構成…、かな。 |
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いろんなところで、いろんな方から噂を伺っていた作者。数冊読んだことはあるにはあるが、まったく記憶にないから、初体験本といっていいかもしれない。あらゆる題材をテーマとし、ミステリからユーモア小説まで書きまくる印象の強い作者の、言ってみればハウツー物でしょうか。そんな本がどうして読めたかというと、入院中、同部屋の方が貸してくれたのです。そんなタイミングでなければ読めなかった本。 作家泥江龍彦の義母が他界するシーンから書き起こして、妻が相続した借地に家を建てるまでの顛末をおもしろおかしく書きとめたものである。読み始めてすぐにわかるが、作家泥江龍彦とは作家清水義範その人でありますね。長編小説の体裁はとっているが、家を建てるにあたってのすったもんだは、これから家を建てようとする人にとっての参考書と言うべきか。あるいはノンフィクション。 こんなことまで題材にするのか…、が正直な感想だ。もっと言っちゃえば、小説を読んでいる感じはしなかった。軽妙さもなんだか薄っぺらいような…。それでも、決して軽薄でない軽妙さに、作家清水義範の人柄がよくでていておもしろかった。ただし、作家にはあまりに自分がよく見えすぎているのだ。あまりにストレートに物語にし過ぎてるんじゃないのかな? でも、実際文章を書いてそれを売って生活している人の感覚はこんなものなんだろうか。至るところにネタあり、か。作家清水義範の家庭人としての一面が見えるのが、ファンとしては堪えられない作品なのかもしれない。っていうか、ラストの妻とのやりとりを読んでみると、何をいまさら、って感じですか。 次ぎは作者のミステリ本に挑戦してみましょうか。推薦本あったら、誰か教えて。 |