T.R.Y.    井上尚登
角川書店 平成11年7月30日 初版
 せっかくのコンゲームなのに、なんでこんなにドキドキしないんだろ。なんとなく先が読めちゃうからかなぁ。伏線の張り方があからさまなもんだから、読者は構えてしまう。具体的にどうこうってわけじゃないけど、これじゃあ終わらないなってね。だから、後半見せつける二転三転の怒涛の寄りにも全然驚きがない。それどころか、こんなもんか、っていう意識しか残らない。登場人物ひとりひとりにきっちりと仕事をさせ過ぎ。暗躍する陸軍の奴らなんかチープだもんなぁ。。これじゃあ、凄みもなけりゃ、権力闘争の空しさも伝わらない。権力闘争についても、そんなもんは歴史に飲み込まれちまって、単なる空しい自己顕示欲だけの愚かな行為に過ぎない、という観点をもうちょっと強調した方が好み。人物の配置ももうちょっと考える余地があるような気がしてしまうのだ。

 ラストとエピローグがいただけない。エピローグでこんな重みをつける必要はないし、せっかくのラストはもっと鮮やかな方法があったはず。タイトルも最悪。横溝正史賞受賞時の「化して荒波」の方がずっといい。シミタツもどきという声が多くて変えたらしいんだけどね。ラストに出てくる漢詩が秀逸なのである。人々の気概が化して高き峰となる荒波となる。。いいねぇ。ちゃんと意味があるじゃないの。営々と繰り返され積み上げられてきた、人間たちの思いが凝縮している。わけもなくつけたピリオドが苛つく『T.R.Y.』なんていうタイトルよりずっといい。権力闘争もこの気概のひとつと見れば、前述の不満も解消されるんだけど・・・。

 ちょっとした不満はあるものの、筋の運び、人物、語り口、どれをとっても一級品なのは間違いないだろう。文章修行を積んだ人の文章だ。そこはかとなく漂うユーモアがまたいい。この作家のユーモア感覚は一種独特で乾いていて絶妙である。人物を描くことにも長けている。一歩踏み込んだ人物造型が出来る人だ。しかも、物語の構成が抜群とくれば、間違いなくプロとして通用するでしょう。これだけ、明治末期の雰囲気をつかみ、取材を血肉にして描写できるんだから、誰だって今後の活躍に期待しちゃいますね。

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龍神町龍神一三番地    船戸与一
徳間書店 1999年12月31日 初版
 まぎれもない船戸ワールドではありましょう。いつものように異郷の地を舞台としないぶん、龍ノ島という架空の離島を綿密に作り上げ、この日本に船戸ワールドを実現するに足る閉ざされた社会を現出して見せた。それなりにリアリティはあるし、こんな方法しかなかったんだろうとは思わせる。だが他作品で見せる船戸さんの民族・宗教観からみれば、満腹感は味わわせてはもらえない。この動機、この結末。船戸ならではと言えるのは情念のみで、彼らの背景・構図は奥行きに乏しく、熱量は他作品に比べて格段に落ちる。もうちょっと工夫のしようがあったように思ってしまうのだ。

 ミステリ仕立ても失敗でしょう。今更船戸さんにミステリなんて書いて欲しくない、というのが本音でもあるのだ。ミステリを意識し過ぎて、半身以上を浸しているからこんな中途半端な出来になってしまうのですよ。だって、ミステリとして読めば最低でしょ? 全てパターン化された謎解き。都合の良い友人、或いは他の誰かが情報を持ってくる。うまい具合に話を盗み聞きする。ちょっとずつ変えてはいるが、大部分がこれらのパターン。主人公の梅沢信介は、大した推理もしなければ、調査を重ねて事実を明らかにしていくわけでもない。右往左往しているうちに事態が勝手に動く。これじゃあ、ミステリとは言えない。

 さすがにプロットはまあまあ捻りが効いているかな。でも、人が死んで驚くのは最初の数人だけですよ。あとは死体の山に招き入れられる順番だけで、驚きも感じなくなる。しかも、細かいところは綻びの山。特にこの犯人はないよなぁ、って苦笑いしてしまった。子供の扱いも鼻につく。

 船戸さんの人物たちが独特の粘り気を失って久しい。この作品でも誰をとっても、船戸ファンを喜ばせるヤツはいないように思う。サミル・セイフはあの中東の地でしか生まれ得なかったのだろうけど、せっかく日本を舞台にした小説でこの程度の人物じゃ情けない。ともかく、いろんな部分をもっともっと掘り下げて欲しかった。残念でならない。治安国家日本を舞台にしても、こんなのよりもずぅ〜っと濃い船戸ワールドが描けるような気がするんだけど・・・。現代が無理と思うなら、『蝦夷地別件』で試したように時代小説に行っちゃってもいいんだよね。

 まさか船戸さん、往年の大冒険小説を書く気がしなくなって、ミステリ作家に転進を図ろうとしているんじゃないでしょうね?

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原子力空母(カールヴィンソン)を阻止せよ    大石英司
C★NOVELS 昭和62年9月20日 初版
 冒険小説好きといいながら、軍事オタク物を苦手とするワタクシでありますが、例に漏れずこの本には難渋させられました。披瀝される知識が半端じゃないのですよ。それも軍事一般から原子力までと幅広いからずぅ〜っと単語との戦いだった(^_^;)。登場するのが我が自衛隊と米軍とソ連軍。この三軍が傷ついた原子力空母−カールヴィンソンを巡って丁丁発止とやりあうのだ。

 軍人賛美みたいに見えてしまうところもあって、ちょっと引いてしまいそうになったけど、読み進むにつれてそれが誤解だとわかってくる。これは言ってみれば小説上の戦争シュミレーションゲームなのだな。日本、アメリカ、ソ連、それぞれに他軍から一目おかれる潜水艦乗りがいる。その連中が海中で四次元の死闘を繰り広げる。これにしても、このあたりの戦略などは全然知らないからおもしろみは半減してしまったんだろうな。それでも、潜水艦3隻による戦闘シーンは手に汗握った。勝者もなく敗者もない。う〜ん、底が浅い。。やっぱひいちゃうなぁ。。だからなんだったの?・・・。

 疲れただけだったかもしれない。苦手な分野に挑戦してみたんだけど、結果は惨憺たるものでありました。この手の小説を苦手なヤツが言うことだからあんまりマジにあてになりませんので。ああ、疲れた。

 ごめんなさい、てっちゃん。なんとか読み通しましたけどやっぱりだめでした。

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沈黙    古川日出男
幻冬舎 1999年8月10日 第一刷
 疲れた。精神が磨耗した。こんなのばっかり読んでいたら、きっと労働意欲が無くなって、家族に対する愛情が消えうせて、新宿の路上生活者となるのが関の山だろう。はっきりいってこんなものは読みたくない。決して根源的な悪を否定するものでも、性善説を議論の拠り所にするような甘ちゃんでもない。逆に、己の心の闇を充分に意識しているから、こんな形で刺激されたくないのだ。抵抗は凄まじかった。だからなんなんだ。自問になってしまうのが情けない。

 イメージの奔流に身を任せてしまうのは気分がいいだろう。己の持つ、アーティスティックな部分を刺激され、無用な思索に陥ってしまう。この世はここにあるから、これで良いのである。神が創ろうが、進化で生まれようが、人間なんてこんなものは、これで良いのである。根源的な善であろうが、根源的な悪であろうが、社会規範の中で通念として出来上がったもので、ぼくらはそれに従うしかないのだよ。偽悪的、偽善的なものは幼稚で気が楽だからまだ許せる。でも、ここまで根源的に思索されると答えに窮してしまう。余地を残せ。闇は均質だよ。光の存在を対極にして闇があるのだよ。少なくとも闇という言葉の持つイメージには光の存在が強く意識されている。悪とて対極に善があるからこそ、悪なのである。こうして考えれば、善の存在を無視した根源的悪など、インテリの哲学フェチの言葉の遊びとしか思えなくなる。善をこそキチンと描くべきではないの? つまり、光を意識しない闇など、闇ですらないのであるよ。善悪も同じ。それは悪ですらないのだ。

 おっと、、毒されてる・・・(^^;;;)。この虚無的な考えは、破壊に向かったのち、再構築を図ろうとしている花村萬月さんの思索に近いような気がする。ただし、萬月さんの方がより具体的。文章の絢爛さも萬月さんの方が数段上。でも、、、でもですねぇ、、古川さんという人持つ作家的イマジネーションの大きさと深さは、萬月さんを遥か見下ろす域に達しているような気がするのですね。大いに期待したいんだけど、読者のイマジネーションを刺激するだけではダメ。ある程度方向性を指し示して、なお心に空洞を空けさせないと。アプローチの仕方がおもしろいだけに将来が楽しみですね。才気の迸り出た先をもっと顕在化させて。もっとこなれて。

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スピカ−原発占拠−    高嶋哲夫
宝島社 1999年12月15日 第一刷
 初めて読む作家。昨年、別の作品で「サントリーミステリー大賞」を受賞したらしい。昨年のデビューだから新人作家には違いない。だが、落ち着いた筆さばきは既にベテランの域に達しているかも。しかも、原発の詳細な描写がとてもリアル。取材力もあるなぁと思ったら、読後作者のプロフィールを見て納得した。タイトル通り原子力発電所がテロリストに占拠される物語なんだけど、作者は長い間原発に関わってきたんだもんね。しかも研究者。リアルで当たり前か。

 前半から中盤にかけてはかなり読ませる。このまま進んだら傑作だと期待したら、自衛隊の攻撃あたりから垂れてしまった。終盤は駆け足。もったいない。これだけの題材を・・・。黒幕もいまいち。原発といえば、高村薫の『神の火』だけど、あっちの方が印象深かったかな。読後の重みがね。細部は忘却の彼方ですが・・(^^;;;。日野ってのもいたような・・・。
 その自衛隊の攻撃だけど、これはどう見てもまず過ぎる。首相の決断力はわかるけど。あまりに作為的な印象を残すのは得策ではないでしょう。攻守双方が死力を尽くしてこその戦闘だよね。決して、死体の山の高さとリアルさは比例しないのだ。作戦もまずいけど、戦闘シーンもまずい。ちょっと小奇麗にまとめ過ぎなんじゃないかなぁ。。

 原発促進・反対双方の意見がキチンと述べられているから、原発の啓蒙小説としての側面もあるかもしれない。ぼくにとっては反対意見よりも、促進論者の意見の方が興味深かった。なるほど、促進論者ってのはああいうことを考えているのですね。このあたりは作者ならではでしょう。世界的には原発に対する答えは出ているはず。それを引っ張り続ける我が国の特殊な現状にもっと踏み込んでほしかったかな。作者ならご存知でしょう。赤裸々な経済的側面を、ロシアの科学者サリウスの私憤に置き換えてしまったのは、逃げてしまったようで納得できない面もある。これではねぇ・・・。といって、現実に則して書かれても面白いかと言えばそうでもないんだけどね。

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TwelveY.O.    福井晴敏
講談社 1998年4月10日 第一刷
 パターンと言ったら酷とは思うが、人物造型と登場人物ひとりひとりの関わり方には『亡国のイージス』と似通ったものがある。ヘリパイロット崩れの平と先任伍長の仙石とか、理沙とチェ・ジョンヒとか。辻井と如月にもあるかも。どっかで見たようって気がするのは彼らがステレオタイプなせいなのかもしれない。でも、乱歩賞受賞作とはいえデビュー作でもあるわけだから、1999年最高の冒険小説『亡国のイージス』と比べるのは酷な話だと思う。チェ・ジョンヒと同じようなベクトルを持つ理沙がおもしろかったけど、残念ながら戦闘マシーンなってしまったその過程や心情が一切語られないので欲求不満が募るばかり。

 次から次と、劇画チックな言葉を連発して読者を煙に巻く。曰く、「ウルマ」、「キメラ」、「BB(ダブルビー)文書」「GUSOHの門」「トゥエルヴ」・・・。何の前触れもない、アクションコミックもどきの陳腐な連発には正直引いてしまった。大人向けコミックのような、この手のコミックの原作のような・・・。イージスの福井さんのデビュー作だから別の興味があって読んだんだけど、これがはじめてだったら途中で投げちゃったかもしれない。浪花節ぶりもかなり中途半端。まあ、イージスで見せつけた、老獪なまでの浪花節の萌芽が見られる程度。それにしても福井さんは、正真正銘の大ブレイクだったのですね。じゃないなら、乱歩賞の枚数制限に引っかかって端折り過ぎたか。たぶんそうなんでしょうね。イージスの厚みを考えれば、繋がりそうな個所はたくさんあったと思う。それにしても、この小説を書いた作家がたったの一年で『亡国のイージス』を書いたなんて俄かには信じられないのだ。

 イージスで何度も出てきた「辺野古ディストラクション」の一部始終が語られる。ヘリ用地雷まで飛び出しての大戦闘。沖縄の米軍基地内とはいえ、こんな大戦闘は・・・。リアルさに欠けてしまうのはどうしようもないのだ。それよりも作者が一貫して言い続けていることの方が大事で、それについてはかなり明確に伝わってきた。その他では、コンピュータウィルス兵器という発想が面白かったなか。

 これからの日本の冒険小説を背負って立つ、福井さんのデビュー作だからこそ価値がある。荒唐無稽であろうと何であろうと、荒削りながらも大器を予感させる作品であります。

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MISSING    本多孝好
双葉社 1999年6月25日 第一刷
 この本を知ったのは昨年の「このミス」だった。聞いたこともない作家。しかも10位にランクイン。かなり気になっていた。でも、なぜか新本格っぽい印象を受けてしまって敬遠する気持ちがあったのも事実。それでも手を出したのは、せっかく出かけた図書館だから手ぶらで帰りたくない一心でありました(^^;;;。こんなスケベ根性でも、時にはいい事があるもんです。いやあ、全くもって僥倖でありました。

 タイトルの示す通り、「喪失」をテーマにした短編が5編収録された短編集である。これがなんと毎年一編ずつ。1994年に小説推理新人賞を取った「眠りの海」から、1998年の「彼の棲む場所」まで毎年一編。年々深みを増す小説群を発表順に読むことが出来る幸せ。作家の成長過程を垣間見ることが出来る、という意味でも最高の短編集になった。

 純文学の要素と、ミステリの要素がうまく溶け合った独特の小説世界。どっぷりと浸らせてもいました。ミステリといっても、新本格じゃない。ぼくの好みのハードボイルドに近い。処女作「眠りの海」は、純文学を目指して挫折した作家志望がミステリを意識した習作、みたいな印象が強いんだけど、これが年を経るごとに凄みを増してくるのだ。最終作の「彼の棲む場所」なんて、最近興味津々の暗黒小説といっても良いくらい。そこにまたサイコの味わいまである。この作品を読むだけでも価値があるというものだ。

 全編が「僕」を主人公にした一人称小説である。それぞれ別人格で、心中の生き残りだったりするわけだけど、そのアウトサイダーぶりもなかなかイケてる。う〜ん、明確なアウトサイダーじゃないんだよね。心根はアウトサイダーで、人格はその辺りを超越している。生を見つめ、人生を見つめ、老いを見つめ、死を見つめ、狂気を見つめる。重いテーマの割に明るいタッチが心地よいのだ。

 好みから言えば、「彼の棲む場所」が最高作。さあ、「彼」とは誰でしょう? 次が「瑠璃」。このヒロインは「ルコ」って名前なのね。古川日出男『沈黙』のルコを思い出してしまった。「ルコ」は果たして「流子」なのか、「瑠子」なのか。「蝉の証」もいい。蝉があんな大きな声で鳴くのはどうしてでしょう? 「祈灯」もなかなかに味わい深い。とにかくえらく気に入った。しっかり見守っていきたい。満点をつけたいくらいの気分なんだけど、短編集ってことで減点してしまいましたとさ。うぅぅ、、この本は買おう!! で、もう一度読もう・・・・。

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暗夜    志水辰夫
マガジンハウス 2000年3月23日 第一刷
 ハードボイルド作家がある程度のキャリアを重ねると、なぜか犯罪小説あるいは暗黒小説に向かう傾向があるような気がしている。もちろん、ハードボイルドと犯罪小説の明確な区別なんてよくわからんのだけど…(^^;;;。ブロックしかり、クラムリーしかり……チャンドラーも…? われがらシミタツも?!

 さてわれらがシミタツである。日本的情念ハードボイルドの雄も2000年で64歳。前作もぶっ飛びの内容だったようだが(未読m(__)m)、この作品もかなり驚きの内容である。この物語は過去の志水ハードボイルドを一気に180度転換したと言っても良いくらいだ。味わいは暗黒小説のそれなのである。でも…はっきり言って、ここには今までの志水辰夫はいないと思ったほうが良い。いつもの熱い筆さばきは無い。妙に落ち着き払って淡々としている割に、対極的な絡みつくようなねっとりとした肌触りが非常に居心地が悪いのだ。好意的に捉えればこのアンバランスさが不思議な味わいを醸し出す。事前情報が全く無いまま読み始めて、それと気が付くのに時間がかかったからか? とにかく最初はてこずった。

 だいたい始まりからして乗り切れない。先行する別の物語があって、それを途中から切り取って物語を始めたかのような印象。主人公が腹違いの弟の部屋に入るシーンから始まる。どうも出所直後のようだ。腹違いとの記述は後半にならないと出てこないが、年齢差と母親との極端な口の利き方からして容易に想像がつけられる。この辺は過去の志水さんかな(^^;;;。主人公の弟は中国の古美術品に絡んで殺害された。義理とはいえ兄である主人公は勇躍弟の敵討ちに乗り出すのか……と思ったら…。

 やはりこれは志水流のソフトな暗黒小説なのだ。ソフトな暗黒小説って、歯切れの悪い言い方で申し訳ないんだけど、そうとしか言えない。言い換えれば半端な暗黒小説。もちろん、生への渇望がギトギトした血腥い暗黒小説に比べたら全然物足りない。アクションらしいアクションも無ければ、ドライブ感溢れる名文も姿を見せない。主人公の生への渇望感も乏しいし、刺すような痛みもない。転げ落ちるスリルも無い。これって営業戦略なんでしょうか? 単なるテクニックで暗黒小説は書けないでしょう。これなら腹を括っている馳星周に絶対に敵わない。断言できる。『滅びし者へ』あたりからおかしくなってると思う。センチメンタル・ハードボイルドを書く気持ちが無くなったのなら、『カサブランカ物語』や『いまひとたびの』の路線を追求した方が良いと思うのですが。
 ところで、ここまで中国人を悪し様に言っちゃって平気なのかな…(^^;;;。(2)

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ゴサインタン −神の座−    篠田節子
双葉社 1996年9月25日 第一刷
 『弥勒』のプロローグ的作品と読めばよいのかな?
 農村の名家繁栄の裏には搾取の歴史があった。土にしがみついているように見せながら、実は搾り取った血の実を甘受し君臨する。生かさず殺さず搾取され続けてきた農民の中に巧みに作られた支配者たる結木家は、実は農村によくみられるタイプなのだ。別に、結木家にそれほどの罪があるとは思えない。社会体制なんて個人の問題じゃないから、資本主義の枠組みの中で営々と営んできた農業なんだから、結木の行いもある程度は許されるべきだと思うんだけど。

 ”多摩の偉人”の1人に数えられた輝和の祖母だって、搾取の裏返しと罪の意識から慈悲深くなったわけではないはずだ。淑子=カルバナ・タミに憑依した霊たちの出所と根拠がわからない。なんで結木家に出現したのか。なんで結木家にだけあれほどの仕打ちを行ったのか。ともあれ、正気でありながら、淑子の行為を阻止できない輝和には、マゾヒスティックな甘い転落への誘惑が感じられてゾクソクしてしまった。快感といってもいいかもしれない。

 それにしても、篠田さんは書き込む人だなぁ…。途中、何度も結末に相応しそうなシーンがあったのに、これでもかこれでもかと物語を書き連ねる。終いには、ネパールにまで舞台を移して、なお執拗に書きつづける。正直言ってちょっと白け気味。神秘の国=ネパールって発想も、とってもステレオタイプでいただけないかな。けど、随所に見られる作者の世界観には共感できるところが結構あった。これを発展させた格好で『弥勒』に至ったのがよく理解できる。さて、『弥勒』を発展させると一体どんな小説が完成するのでしょうか。

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