2000年8月31日(木) ネット上の「知り合い」は「友だち」?

▼昨日、学校時代の友人の話を書いて感傷的になったわけではないが、最近あの頃の友人と会ったのはいつだったろう、思いを巡らせてみた。しかし、これが思い出せないのだ。思い出すのは、パソコン通信やインターネットのOFF会ばかり。ニフティFADVで行った箱根の合宿は楽しかったなぁ、とか。 ▼少なくとも、今年は学校時代の友人たちとは一度も会っていない。唯一、大学時代の友人から電話があって、インターネットでちょっと調べ物をしてあげた程度の交流。パンのネット販売を企てている友人で、彼のことは前にこの欄で書いたことがある。そのほかは……、昨年高校時代の友人と1回酒を酌み交わしたのみ。そういえば、今年に入って大学時代の友人の上京に合わせて飲み会があったが、所用で出られなかったんだった……。 ▼卒業して幾星霜、この年齢になって、しかも生まれ育った町から遠く離れて生活していれば大抵はこんな状態なのですよ。ぼくの場合は、学校時代からの友人は近くにはひとりもいない。かろうじてカミさんは、東京の学校に通っていたから友だちが近くにいる。時には羨ましいと思うこともあるかな。 ▼こんな友だち貧乏のぼくでありますが、パソコン通信やインターネットで知り合った人は優に100人を越えているのだ。別に友だちが欲しくてパソ通を始めたわけじゃないけど、近くに本の話をできる人が少なかったのも事実。ネットのコミュニティには「同趣味括り」「同年代括り」「同地域括り」などが考えられるが、FADVを皮切りに最近では全てのカテゴリでチマチマとネット生活を送っている。 ▼ふと考える。ネットの知り合いたちを友だちと呼んでいいのだろうか? 「友だち」と「知り合い」の違いは何だろう? 定義に迷ったときの広辞苑によると『「友=共・伴・朋と同語源でなかまを成すものの意。1.常に親しく交わる仲間。また、志を同じくする人。友人。2.なかまうち。同じ集団に属する人。3.同行の者。道連れ。」「知り合い=互いに知っていること。またその人。知人。」』とある。 ▼つまり、広辞苑によれば、同じ趣味を持ち、同じ集団に属して常日頃親しく話し合うなどの交流があれば、それは「知り合い」ではなく「友だち」ってことになる。当然、バーチャルであろうが現実であろうが同じ。掲示板があるからね。ったくぼくは、「知り合い」と「友だち」の区別もつかない野郎なのですが、実はこの解釈に納得できないところもあるのです。 ▼ただ単に時間が横たわっているだけではないが、共に過ごした年月、共有した時間の濃さ。相手にどれだけ自分を曝け出せるか、曝け出してくれるか。このあたりの重要なポイントが抜け落ちているのではないかと思うのだ。「友だち」ってある種の甘酸っぱさを伴うような気もするしね……。さて、あなたはネット上に「友だち」と呼べる「知り合い」が何人いますか?

2000年8月30日(水) 朝パラ、レンチン、昼ドット、子連れイッキ

▼自分の思い込みに、他人は一切関係ない。自分が期待するように慰めてくれたり、期待通りに意見してくれる都合の良い友人などいないのだ。その手の慰撫を望むなら、人格のない流行のペットロボットで充分なのである。共に嘆き悲しむだけが友人ではないでしょう。もちろん、その手の友人も大切ではあると思うけど。人と人とのつながりなんて一方的な感情が支配しているのだ。友人関係であろうが夫婦関係であろうが。それは自分がキャスティングボードを握っているとの勘違いではなく、自分を認め相手を認めることと同義だと思っている。 ▼「本当のつきあい」「本当の自分」などと、センチメンタルな意味不明の言葉の遊びをしたところで、自らの至らなさを他人に知らしめるだけで、それ以外の効果は何もないのである。学生時代の友人が変わったと嘆くのではなく、友人がそのままで自分が変わってしまったと考えるべきでありましょう。だって、学生時代は違和感なく仲良くしていたんだから。ま、学生時代そのまんまの友人ってのも疎ましいもんでありますが。 ▼いきなり脈絡のない話で恐縮だが、どういうことかと言うと、最近頻繁に出入りしているある会員制ウェブサイトで、「学生時代の友人からこんなことを言われた。その友達はこんなこともした。今後も同じようにつきあっていけるか不安」というような投稿があって上のようなことを愚考した次第。実際にはもっとソフトなRESをつけたんだけど、自分に素直に書けばこういうことになってしまう。 ▼ところで、オジング・オバングという言葉をご存知だろうか。この前、「TVタックル」でやってたんだけど、オジサン+ヤング=オジング、の造語らしい。ホントに流行ってるのかどうかは不明だが、オジサンオバサンになっても、子供のような気質が抜けない人たちを指して言うらしい。大人の幼稚化。 ▼さて、この語感がとてもいやらしい言葉にはキーワードが四つある。「朝パラ」「レンチン」「昼ドット」「子連れイッキ」。順に、子供と朝からパラパラ、食事はレンジでチン、アイドルの追っかけで昼間からインターネットに大はまり、子連れで居酒屋で食事しながらビールぐびぐび…。なんだか思い当たる節が多々あります…。親子関係を友人関係に置き換えるような親たちのこういう傾向が子供に舐められるのだ、と声高々の教育評論家が出演していたけど、さてどうなんでしょうか? 少子化の弊害なんだろうけど、個人的には大きなお世話。こんなカタカナ造語には反吐が出る…。 ▼犯罪の低年齢化とか非行とかの問題は、そんな論理のすり替えが問題ではなくて、安直に本質を見誤った「本当のつきあい」とか「本当の自分」などの言葉に代表されるような全て、上辺だけの言葉の遊びに終始している態度全般の方がよっぽど問題だと思うのだ。「ふれあい」だの「さわやか」だのね。と言いつつも「TVタックル」の論理も理解できてしまうから困っちゃうんだよね……。

2000年8月29日(火) 続々会社ジャック−国税は横暴だぞ!

▼先週の東京国税局による会社ジャックは、結局火曜日から木曜日まで丸3日間に及んだ。総勢15人で夜7時くらいまでねじり鉢巻だったから、かなりの徹底ぶりだったのだ。最近ネットで知り合った公認会計士さんなどに伺っても大規模な部類の調査なのだそうだ。ウチの会社…もしかして国税に睨まれているのかなぁ。どっかから信憑性の高い情報が入ったんだろうね。ウチは意識的な脱税は一切やってないけどね。 ▼さて、最終日の8/24(木)夜、彼らは追徴課税額の算出まで終えて社長及び経理部と面談に入った。なんと開けてびっくり。国税局の差し出してきた書類には追徴課税2億数千万円の文字が! 唖然だよね。国税の話を聞いても合点がいかない。だってさ、ウチの会社は所轄の税務署に2年に1回くらいの割合で税務調査を受けているのですよ。その時には今回の追徴金を請求された部分の税務処理は全部通っているのだ。事前に処理について確認しているから、税務署は諒解済みなわけですよ。それを今になって、通りませんって…。税務署は何のためにあるのさ? 一貫してないだろ。おかしいなら最初からキチンと指導すべきだろ、と丁丁発止やりあったらしい(社長ね)。 ▼結局どうなったと思いますか? 東京国税局は2億円もまけてくれたのですよ。ウチの社長が2億円値切ったとも言うけど…(^^;;;。ったくおかしくな話だよ。吹っかけてきたとしか思えない。これじゃ、その辺のバッタ屋や町金と一緒じゃないか。もっと値切ろうとしたら泣きが入ったらしい。ワタシラだって手ぶらじゃ帰れない、若い連中が調べ上げたことを消したら奴らは腐るんです、おタクの社員だってそうでしょ。で、最後に恫喝「最低これくらい認めないなら、7年まで遡ってもいいんですよ、5年でこれだけ出たんだから」 継続的な経理処理ばっかりあげつらっているからね。しかし、ヤクザ顔負けのやり口じゃないの。 ▼世の中こんなもんかいな。税収不足はわかるけど、こんな無軌道でいいのかな? 大石英司さんのサイトに、マイクロソフトの追徴課税に関するコメントが載っていたけど、結局そんなもんなのね。オラオラお上の言う通りにしろよ! ってか。

2000年8月28日(月) 携帯電話って、公私混同あたりまえなの?

▼わが国のIT最後の砦とも言われる、ドコモの「iモード」の加入者が、8/6時点で1,000万人を突破したらしい。サービス開始からたったの一年半だから凄いもんだ、とは思う。今でも毎日4〜5万件の新規契約があるんだと。考えてみれば、携帯電話を毛嫌いしていた人が「iモード」ならって契約したとか最近聞くようになったもんね。 ▼情報端末としてならこんな画期的なことはない、ってよくわかっているんです。でもねぇ、どうしても携帯電話って抵抗があるのだ。ひとつは私用と公用の区別がつけ難いこと。もし、ケータイを買って取引先やウチの社員に教えようものなら、四六時中昼夜の区別ない電話に悩まされるのは間違いない。実際、三年間使ったケータイを解約したのもそれが原因だった。何のためにケータイ持っているかわからなくなる。買ってもコソコソしてれば良いのかな(^^;;;。 ▼個人で買ったケータイを仕事に使うってのにも抵抗がある。ウチの若い社員なんか、私用のケータイ番号をクライアントに教えてるもんだから、それこそ昼夜問わず四六時中電話がかかるらしい。客の心理としてはわからないでもない。じゃあ、教えなきゃいいだろう、と言ったこともあるんだけど、今や当たり前でそんなこと通らないらしいのだ。通話料金もさることながら、24時間働けって意味のかな? まあこれもまた聞きでね、通せば通るんだろうけどね。 ▼う〜ん、使いたくないときは電源を切っておけばいいのか。それでも、留守電に入れられてしまえば結局同じなのだ。公私混同するな、とかよく言われるけど、ことケータイに限っては公私混同しない方が難しい。2台持って上手に使い分けるしかないのかも。それとも、私用の電話と仕事の電話を区別したいと考えるぼくの考え方が古いのかな? 電話を受ける側のモラルと同時に、かける側のモラルも確立されるべきだと思うのだが……。

2000年8月27日(日) 『催眠』見たぞ! ただし45分のみ…

▼午後二時という奇妙な時間に、映画『催眠』を放映するという。裏の日テレの24時間テレビ・100kmマラソンのドキュメンタリーよりもいいだろうと思ってチャンネルを合わせた。ははぁなるほどぉ、ミドリの猿ね。冒頭から細かくシーンをつないで、かなり意欲的な監督だなぁ、などと感想を漏らしつつ見たが、45分が限界だった。 ▼全体的にトーンが暗い。テレビ放映には向かないよ。しかも昼間じゃ細かいところが全然見えない。TBSの思惑か……。しかも、全体的に自然光が少ないんだね。たまに出てくる自然光でもセピアがかっていたりする。『ラスト・エンペラー』や『1900年』のベルナルト・ベルトルッチ監督と名コンビを組んでいた、名撮影監督ヴィットリオ・ストラーロを思い出した。 ▼自然光をあまり使わない映画監督といえば、往時のリドリー・スコットを一番に思い出すけど、リドリー・スコットはもっと陰影が深くて、色彩も豊かで独特のメリハリのある絵作りだったな。その点こっちは、陰影浅い上に絵作りがあまりに単調で、しかも素人に毛の生えた監督が好む、妙に思わせぶりなわりに興味を惹かないカット割とストーリィテリングで辟易したのだ。 ▼その上、主役ふたりのなんと大根なことか。稲垣吾郎の将来は、ちょっこっと期待しているので(『踊る大捜査線』の犯人役は凄みがあった!)この程度じゃ不満だな。ずっと同じ表情じゃあねぇ。最低は菅野美穂だね。あの宇宙人が憑依した(が如き)セリフはあんな言い方じゃダメだよ。ってぇことは監督もダメ。宇津井健もやっぱり……。次第に見ているのが辛くなって、45分でやめちゃった。 ▼少なくとも映画館で高い金取って見せる代物じゃないと思う。ビデオでサクサクっと撮って、テレビの2時間ドラマで見せる程度のもんだな。しかし……、あのシリーズ、何がどうつながって読者視聴者にはどう残っていくんでしょうね? 残らないのかな? 松岡さん、もっと自作を大切にした方がいいのに。あ、映画は全部見てませんからm(__)m。…でも、全部見なくてもわかるよね。

2000年8月26日(土) デブの素は何だ?

▼「カードゲームはお金がかからない」と書いたら、掲示板を含めて数人の方から、それは違うぞ、とご指摘をいただきました。そーなんですよね、甥っ子らとインターネットで調べたときにレアなカードはかなりの金額で取引されているのを知って驚きました。「遊戯王」の最もレアなカードなんて300万円もする。お金がかからないのはわが家だけの話で、しかもいまのところ、とご理解くださませ。 ▼さて、その長男坊主なのだが、ここ一年で急激に太ってしまった。腹回りのぜい肉のだぶつき方なんて父親と変わらない。昨年の弟誕生時に喘息の発作で苦しんだ頃の面影は全く無いのだ。スポーツクラブをやめたり、いろいろ原因はあると思っていたのだが、今朝巡回していて花散里さんの日記でしばし固まった。「ビックリマン2000」を買ってもカードだけ取って、中身は食べずに捨てる子の話である。これだ!! ▼「お父さんに付き合って、お菓子やらアイスクリームやらを食べ続けるからよ、特に夜食べちゃいけないの!」 カミさんに言わせると肥満の原因はこうなる。だが、こんなのは今に始まったことではなくて、結婚以前からずぅ〜っとなのだ。当然長男が小さいときも一緒にお菓子を食べ続けた。量もほとんど同じである。では、昨年と一昨年とどこが変わったか。「ビックリマン2000」だ! ▼とにかく買いまくる。一日に二枚も三枚も食べる。決して、あんなウェハースにチョコが挟まったヤツがうまいわけではなく、当然目当てはカードである。それを食べながら、別にまた父親とおやつを食べる……。そりゃ、太るわな…。考えもんだな。チョコはやめて欲しいね。もっとヘルシーなお菓子につけられないのかなぁ? じゃないだろ>自分。おまけ商法なんて昔からあった。「ビックリマン2000」に罪はありません。オヤジがお菓子やめればいいんだよね…(^^;;;。

2000年8月25日(金) 遊戯王? マジック・ザ・ギャザリング?

▼昨日の項はちょっと舌足らずだったかもしれない。結局、おでかけといっても、いわゆる「遠出志向の観光旅行」と、「地元民の日帰りちょこっとおでかけ」とは全然別のものということなのだ。あたりまえだけど、その辺をインターネットでは一緒くたにしているところが多い。観光案内はもちろんいいんだけど、「地元民をケアする情報」のウェブサイトがとっても少ないと感じてしまったのでした。 ▼ところで先日の帰省の折、小学生の甥っ子らにインターネットしたいしたい、とねだられた。何が知りたいかというと、「遊戯王」と「マジック・ザ・ギャザリング」だそうだ。前に、ポケモン卒業は何年生かって書いたことがあったけど、すでに小学四年生の甥っ子はポケモンなんか見向きもしない。「コロコロコミック」すら読まない。で、何を読むかというと、「V・ジャンプ」とかいう雑誌なんだと。あるいは「少年ジャンプ」。「少年ジャンプ」は、いい年をした大人も読んでいるから背伸びなんだろうけど、漫画雑誌は若年齢化してるんだろうか。 ▼夜クルマを走らせてピッチを使えるポイントまで行き、甥っ子たちに思う存分インターネットをやらせた。「遊戯王」「マジック・ザ・ギャザリング」ともにカードゲームである。ぼくなんかにはチンプンカンプンなんだけど、パソコンの画面を見つめては歓声を上げるのでついつい興味が出て見入ってしまった。これはポケモンブームの落とし子なのかもしれない。カードゲームといえば、トランプ・花札・UNO程度だった日本に、ポケモンブームは思わぬ副産物を置いていったのである。ちょこっと教えてもらったけど、とっても難しい。ま、カードゲームはお金もかからないし、かなり頭も使うから単なるファミコンなんかよりも歓迎ではあります。

2000年8月24日(木) こんなウェブサイトを運営してみたい

▼お祭りが好きだ。お祭りと言っても、何十万人もの客を集める名の知れたお祭りではなく、縁日っぽい雰囲気を漂わす、言っちゃ悪いけどしみったれたお祭りが大好きなのである。自他ともに認める公園フェチのぼくですが、暑すぎて公園に出かけられない腹いせに、このところ毎週末どこかのお祭りに出かけとります。お祭りが無ければ何かのイベントへ。どこもかしこも地味で似たようなお祭りで、しかもメインイベントの前に混雑を避けて帰ってきたりするんだけど、お祭り独特のあの心躍る雰囲気に浸るだけでも楽しい。 ▼実はこれは、全てインターネットの恩恵なのだ。必須アイテムとなったのは、「あそび堂」というウェブサイトである。市町村のお祭り&公共イベント&フリーマーケット情報にむちゃくちゃ強いサイトで、おでかけのときは必ずと言っていいほどこちらこちらを参考にしている。ぼくも少しはニュースソースを持っているけど、ともかく情報量が全然違うのだ。最近、埼玉県だけでなく、東京都の情報も集めだして拡張しつつある。これを専門でやっている方々ではないので、過度の拡張はちょっと不安だったりする。 ▼全国を網羅した「おでかけサイト」は多々ある。しかし、ぼくにとってありがたいウェブサイトはひとつもない。なぜなら、情報が大雑把できめが細かくない、しかも全国版だから地域が広すぎて絞り込めない。たいていはどこに出かけるか決めてから、ウェブサイトでお出かけ先の情報を探すよね。多々ある全国版のおでかけサイトは逆の発想をしているように思うのだ。だから全国版の「おでかけサイト」には意味を感じていない。 ▼さて、「あそび堂」のようなウェブサイトは全国でも稀でありましょう。最大の問題はニュースソースなのだ。このあたりを解決できれば大きな可能性があるように思う。「あそび堂」クラスの情報ウェブを各県に作り、それを結べばとってもすごいことになると思うのだ。誰かやらないかな。
「あそび堂」 http://www1.odn.ne.jp/do/

2000年8月23日(水) 奴らは「ウチウチ」と連発した−続会社ジャック

▼今日も朝から東京国税局がわんさかやって来て、社内をひっくり返しています。もう邪魔で邪魔でしょうがないんだけど、せっかくだから観察した成果をちょっとだけ、国税局の手口というかやり口をちょっとだけお教えましょう。 ▼ウチ程度の規模の会社の場合、当然ターゲットは社長である。国税局の2〜3人の上席が社長をぐるりと取り囲んで座る。そして、時間中は片時も社長から離れない。食事時も誰かが必ず貼りついたまま。外線でもあろうもんなら目がキラリ。質問の仕方は、ミステリや刑事ドラマで見る警察のやり方ととてもよく似ている。ひとりが汚れ役と言うか、きついことを言う。もうひとりがなだめ役。結構ものわかりの良さそうなことを言うんだけど、これが一番怪しいんだな。 ▼昨日も書いたけど、彼らは調査先の会社のことを必ず「ウチ」と呼ぶのだ。これは実に徹底されていて、誰も彼もがウチウチと連発する。そういえば、税務署の調査のときも同じだったので、これは彼らの決まりごとなんだね。 ▼はっきり言うとね、これが、とってもいやらしいのだ。冗談じゃない。「ウチ」と呼んで許されるのは社員だけなんだよ。真意は不明だが、「ウチ」と呼ぶことによって、調査先の会社と調べる自分らの距離が縮まるとでも思っているかのような。優しいそうなふりをして他人の心にズカズカ入り込んできて、土足で踏み荒らしていく盗人以下の態度。っていうか詐欺師の手口だよね。考え直した方がいいぞ。 ▼「コピー借ります」って何度も何度もうるさいので、ガキみたいな冗談だけど、「一回1000円だよ!」って言ってやった。一言付け加えるのも忘れなかったけどね…「忘れずに税金払うからさ」…(^^;;;。

2000年8月22日(火) 会社ジャック

▼出社したら、何やら物々しい雰囲気である。紺のスーツに身を包んだ男がゾロゾロと20人近く。警察かと思って身構えたら、あらら東京国税局だって。課税部とかいう部署で、査察じゃないから残念ながらマルサじゃなかったけどね。それでも、任意の調査とか言いながら、社長の自宅からウチの各事業所まで一斉に踏み込む、テレビや映画で見るやり口そのまんま。早朝から社内は騒然だ。そのまま、夕方までずっと貼りついて、しかも明日も明後日もだと。 ▼聞きしに勝る徹底ぶりであります。社長は言うに及ばず、主だった社員の机の抽斗全部を引っくり返して丹念に調べる。気になる書類が出ると、いちいち説明を求めるのだ。全部ダンボール箱に入れて別室で点検。ぼくの抽斗には榎本加奈子のグラビアやら、ウィノナ・ライダーのグラビアやら…。およそこの年代のオジとは思えない物がぎっしり詰まってて…。さすがに榎本加奈子のグラビアには説明を求められなかったが、まったく恥じかかせんなよ。え? そんなもん抽斗に入れてる方が悪い? だよねぇ…(^^;;;。実に水際立った仕事ぶりでありました。 ▼税務署の調査にも付き合ったことがあるけど、彼らは調査先の会社のことを必ず「ウチ」と言うのだ。ぼくの目をじっと見つめて「で、ウチの場合、これに何パーセント利益を乗せてるんですか?」とか言うわけですよ。一瞬、ウチって何のことだっけ? この用語は徹底しているようで、あちこちからウチウチって。鬱陶しいことこの上ない。 ▼とうとう丸一日仕事にならず。こんなもんに明日も明後日もつきあわされても、なぁ〜んにも特典がないんだよね。調査のために協力した社員のロス時間を経費に計上して損金で落とせるとか、調査の結果単なるケアレスミスしか出なかった場合詫び状をよこすとか。何か出たら土下座して追徴されますから(^^;;;。もっと突っ込んで言っちゃえば、毎年キチンと申告して税金をキチンと納めている優良会社には、パソコン減税を500万まで認めるとか…etc。少しは溝を埋めることを考えたらいいじゃないの? ▼しかし、やーな仕事だね。警察もそうだけど、何でも疑る仕事ってのは人間不信に陥って、精神衛生上よくないだろうな。仕事ぶりとは裏腹に、どうしても鬱屈してるように見えちゃって、下着泥棒とか連想しちゃう貧困なぼくでありました。真保裕一の小役人シリーズって、やっぱり目のつけ所が良かったのかなぁ……。

2000年8月21日(月) 「ラジオ体操」は一週間だけ??

▼今日から子どもたちの「ラジオ体操」が始まった。小3の長男は5時半に起きだしてソワソワ。生意気とは言え、まだまだ序の口なのだな。新潟の実家では、小5の内孫は不参加を決め込んで不貞寝してたもんね。実家あたりでは、ぼくらが小学生の昔から夏休みは毎朝「ラジオ体操」と決まっていた。もちろん今でも。ところが、こちら春日部市では、二学期直前の一週間のみである。聞くと大抵がこんな具合なのだそうだ。意図は見え見えで、寝坊癖のついた子供たちに早起きを思い出さそうというもの。 ▼何回か子供に付き合ったことがあるが、会場には大人たちがゾロゾロ。一方、田舎の子供たちは、高学年がラジオ持参で全てを仕切る。大人たちには当番があるらしいが、あまり拘束力はないらしい。「ラジオ体操」の性格も随分と変わったもんだ。ともかく、一大行事なのである。地区の母親らが総出で仕切る。最終日にはウォークラリーまでやるのだ。 ▼当然、交通事情とか地域の小学生の数とかいろいろな要因はあるんだと思う。子供たちだけでは不安があるのも頷ける。でもね、構い過ぎじゃないかな? はっきり言えば、親側の都合で一週間だけなのだ。ぼくが子供のころは毎日押されるハンコが楽しみで、とにかく皆勤を目指したもんだ。この楽しみは今の子供たちからは奪われている。 ▼う〜ん、やっぱり過保護、じゃなかったらまた地域の問題かな。何かあってからでは遅い。これはよくわかる。元々早朝の「ラジオ体操」は学校主体ではなく、地域主体のイベントであるんだからね。だったら、もっと小さなコミュニティで、例えばマンションならそのマンションだけとかね。50戸から100戸くらいを単位にうまいこと空き地を確保して出来ないもんかな。ま、人を見たら泥棒と思え、の世の中では絶対に無理だろうな。遠くなったなぁ。今日は付き添いの父兄が5人もいたらしい。

2000年8月20日(日) 訛り矯正と威勢の誇示

▼毎週土日には、カミさんに付き合ってスーパーへ買い物に行く。行くたびに気になるのが、あの独特の店内放送である。不自然な抑揚をつけるもんだから、聞き取り難いことこの上ない。ああいうしゃべりが注意を惹きつけ、買い気をそそるとの研究があるのかもしれないが、少なくともぼくはあんな放送を聞いても聞き取り難いだけで、買い気は亢進されない。似たような独特のイントネーションを持ったしゃべくりといえば、バスガールとか電車の車掌とかパチンコ屋とかキャバレーの呼び込みと店内放送などがあるかな。 ▼バスガールは地方出身者が多いため、訛りを矯正するためにあんな独特のイントネーションを持つようになった、とは聞いたことがある。でも、他は何なのだ? バスガールと同じ論法なら、電車の車掌も似たようなもんでしょうね。残るは呼び込み関係か。照れ隠しにあんな不自然な抑揚をつけるようになったのかな? やっぱり客に注意を喚起させる意味なんでしょうね。聞きようによっては、景気良さそうにも聞こえるし。 ▼そういえばスーパーでも、ダイエーだとかイトーヨーカ堂とかジャスコとか、食品販売だけでないスーパーはそんな放送をあまり聞かない。食品→景気良く→注意喚起→買い気喚起→……。ああ、これは八百屋や魚屋のオヤジに通じるものなのかもしれないね。今や、早朝の市場で鍛え上げたあの独特のダミ声を持つ人を見つけるのは難しい。だって八百屋や魚屋がどんどん無くなってるから。ちょっと前まではどこにでもあったのにね。あのダミ声を出せないもんだから、あの威勢良い人たちをデフォルメして形態模写しただけなのかな。 ▼ぼくはどんな放送であろうと、書体でいえば明朝体で丁寧に放送してもらった方が聞き取りやすくてよろしいと思うんだけど。どうなんでしょうね。

2000年8月19日(土) 本嫌いはこうして作られる

▼鈍臭い小三のりょうたが、読書感想文が書けなくて悩んでいる。この間もこの欄で書いたが、ぼくも選んだ本を読んで彼といろいろ話した。先日できたというので読ませてもらったら、あらら全編があらすじ。本人も自覚しているらしい。どうしても感想文は書けないと言う。どうしても書けないなら、連絡帳に、三回読んで三週間頑張ったんだけど書けませんでした、って書いてやると言ってるんだけど、それも嫌らしい。それなら、あらすじの下書きをそのまま出せばいいや、とも思う。 ▼自分の小学校時代を思い出しても、読書感想文には苦労した記憶しかない。豚式さんが紹介した、井上ひさしさんの著作『本の運命』(文春文庫)によれば、「読書感想文を前提にした読書」という難しい抽象的な思考への要求が人を読書から遠ざけるのではないか、と井上さんは主張しているらしい。そうかもしれないね。考える習慣は大事だとは思うが、それを更に文章に置き換えるのは、大人でも大変なのだ。苦手な人はとことん苦手だもんね。半ば同意しつつ、学校教育の持つ矛盾って根が深いのだなぁ、と改めて思うのである。 ▼さて、問題の読書感想文だが、この間よりももうちょっと突っ込んで話してみるつもり。ただし、感想の断片を集めて膨らませ、それを具体的な文章に置き換える作業の手助けは難しい。っていうか、行き当たりばったりでいいと思うのだ。とにかく好き勝手に書かせることが大事なのかもしれないね。

2000年8月18日(金) 結婚式は迷惑なのよ

▼結婚ラッシュである。会社の若い奴らから、先日届いた謎の招待状まで含めて、今年に入ってすでに6人が結婚した。無粋なことを言うつもりはないが、結婚と聞いても素直に慶賀の気持ちが湧いてこない。おめでたい人生の一大事であるのは間違いないんだけどね。逆に、結婚を前に浮ついてミスを連発し、私事を最優先させている勘違い馬鹿社員を見ると蹴りの一発も入れたくなるのだ。 ▼結婚なんてね、はっきり言って極私的な一族郎党の祝い事なのですよ。少なくとも、喜ばしいのは極近しい友人までなのだ。儀礼的なお祝いの挨拶程度で誤解してはいけないのだよ。ま、結婚後の苦難を考えれば、盛大にお祝いしてあげても良いような気もしなくもないけどね。困るのは何度も結婚して何度も呼ぶヤツ。何度結婚しようが当人の自由なのは認めるけど、二度目以降は少しは遠慮しろよ。ぼくらなんか、思いっきり遠慮してハワイまで足を伸ばして式をあげてきたんだから。あ、相手が初婚の場合もあるのか……(苦笑) ▼この間届いた謎の結婚式の招待状は、12年前に辞めた会社の元部下であることが判明。だからというわけではないが、今日の今日まで返信ハガキを投函するのを忘れていた。結婚式は明日(8/19)だ。どうしようもないので、祝電を打ってお茶を濁した。文面といってもね、まったく音信不通だから書きようがないわけですよ。電話番号を知らないから電話もできない。普通呼ばないよな、こういうヤツは。たまたま思い出したから良かったようなもんで…、う〜ん、二度と会わないだろうから問題ないかったか、ずっと忘れてても。スズキくんごめんねm(__)m ▼ぼくはこういう偏狭で不義理な奴なのですが、離婚の話を聞くとさすがに胸が痛みます。もちろん、当人同士なんかどうでもいいんだけど、子供がね。近々義姉夫婦が離婚の予定。なんでも規定の路線らしくて、下の子が高校生になったら、との話が出来ていたらしい。すでに二年生。経済的自立が出来ないために離婚が遅れていたのだ。女性の場合はこれなんだよね。ま、男なんて結局ATMなのだな。え? 女は飯炊き婆だって?(^^;;;。一回すれ違った気持ちはなかなか交われないかもなぁ。相手の立場で考えるのは難しい。課題図書は、えむえむさんが紹介していた『話を聞かない男、地図が読めない女』なんてどうでしょ? すでにそういう状態は過ぎ去っているんだよな。読んでみようかな>自分。

2000年8月17日(木) 目指すはサム・スペイドかピーター・ダイヤモンドか 

▼8日間の夏季休暇は、燃焼しきれない大量の脂肪を置いて過ぎ去っていった。思えば、一昨年11月。このウェブを始めた主たる目的が減量であった。毎日体重計に乗り、今日は何kgと書き込みながら、それを励みにして、なんとか10kg程度の減量に成功したのだ。ところが、気の緩みとリバウンドは容赦ない。今や、昨年のぼくはここにはいない。怠惰は子供一人分の肉を植え付けた。 ▼特に影響が大きかったのは、今回の6日間の実家寄生だ。根が卑しいため、タダ飯タダ酒の食いだめ飲みだめを決め込んでしまった。結果、1日×1kgの割合で肉は増えつづけ、今や、一昨年のウェブ開始時の体重を上回ってしまった……。ああ、情けない。かくなる上は「減量日記」を復活させるしかないか。 ▼膝にきた。腰にきた。身体中あちこちが痛い。とりあえず、野菜中心の食生活に変えよう。大好きな甘いものを控えて。というわけで、近々減量日記再開と相成る可能性が出てきました。ところで、「髪しばりダイエット」って知ってます? 関口宏の本パラで紹介してたやつ。あれどうかしら。さ、四回目のダイエットにとりかかりますか。しかし、リバウンドさせないためにはどうしたらええのでしょ? こうなったらもう開き直って、目指すはサム・スペイドかダイヤモンドか。どっちにしてもあんましカッコよかぁないな。

2000年8月16日(水) マンション修繕積立金の実態

▼マンションの管理組合のクソ理事長職も、11月末までだから残すところ3ヶ月となった。3月の理事会でキ印のオバハン二人組の乱入から始まって前途多難を思わせただけに、意外とスムーズに運営できてホッとしている。ま、そのオバハンのうちの1人は裁判所から競売にかけられたらしいからね。その家族は管理費を20万も滞納してて…。ま、いっか。ホッとしているなどと言っているが、実は、11月の総会で大仕事を残しているのだ。 ▼修繕積立金の値下げを敢行するのである。わがマンションは現在築9年。マンションは概ね築10年で大規模改修を行う。大抵のマンションには長期修繕計画及び大規模修繕計画があって、それに合わせて修繕積立金の額を算出して払い込むのだ、この見積金額に大問題があり、とりあえず大規模改修の見積もりのみ取り直した結果なのだ。 ▼さて細かいことは後ほど話すとして、修繕積立金のからくりをお話する。マンション販売当初は、問題の修繕積立金は4000円程度に抑えられているのが常識である。なぜかといえば売りやすいから。マンションの販売会社は、マンション管理とは一切関わりがないのである。だから最低ラインで客が買いやすいように金額を設定する。これが後から大問題になることが多いのだ。 ▼もちろん、現実にはこんな金額では絶対に賄えない。だから、何年後かに値上げをする。これはどのマンションでも必ず通る道なので、覚えておいて損はないと思う。ウチのマンションは7年目にいきなり4倍になった。もちろん、いろいろと手続きがあり紆余曲折したわけだが、大規模改修で一戸あたり50万円以上の臨時支出が必要と脅されれば誰だってYESと言うよね。 ▼つまり、ウチのマンションの修繕積立金は、4000円平均から16000円平均に跳ね上がったのだ。根拠となった大規模修繕の見積金額は約9500万円。これはむちゃくちゃな金額。バブル期そのままの見積なのは見え見え。で、再度管理会社に見積を取ってもらうと、なんと半額になったのである。ぼくが個人的に依頼した営繕会社では1/3程度の見積金額だ。これを管理会社と調整して、50%減額に漕ぎつけたのである。可決には、管理組合員の2/3の賛成が必要とは言え、減額を反対する人はいないだろうから問題ないはず。12月から減額する。 ▼さて、ここで湧き上がる疑問がある。なぜ、4倍値上げ当時に今回行った一連の作業ができなかったのか? やっていれば、2倍の値上げで済んでいたのではないか? これは当然の疑問だろう。だが、誰が好きこのんでそんな面倒くさいことをしますか? 理事会は、ボランティアなのだ。自分の持ち物のことだから、ちゃんとしないでどうする、などというキレイ事は通用しない。当面は何も問題が無いのだから。ぼくだって、当時は何も動かなかった。面倒過ぎるのだ。 ▼地域貢献とかボランティアがどれだけ難しいことであるか。何でも人任せにする、自分を含めた動いてくれないその他大勢の方々を動かすには大変な労力が必要なのだ。ここで昨日の意味不明の発言とつながるんだけど、やっぱり滅私奉公ってのは難しい。真剣に地域貢献に取り組んでいる方には、市会議員という勲章があっても良いのかもしれない。もちろん、市会議員が勲章と考える人にしか通じない論法ですけどね(^^;;;。あんなのになりたい人が後を立たないなんて信じられない。アホらし。こないだどっかの議員のウェブサイトを見たら、肩書き欄に○○マンション管理組合副理事長とかあった。ここに極まれり、だね。

2000年8月15日(火) 権力志向と偽善的猫かぶり

▼ある程度成功すると市会議員にでもなりたくなるのが世の常なのでしょうか? 銭の次は名誉? やれどこどこの新聞が取材に来ただの、PTA会長を何年やってるだの、自分のウェブサイトで掲載紙を載せてみたり。新聞に大いなる権威を感じるチャチな幻想と、自らの浅ましい価値観を露わにして恥ずかしくないのかな? ぼくは既存の権力には欺瞞と偽善しか感じないので、そのように感じてしまうのでしょうか? あるウェブサイトの会員のことなんだけど、どう言葉で飾っても、権力志向の権化で偽善的猫かぶりとしか思えないのだ。何の下心もなく地域に貢献している人は、自分の存在をアピールする必要はないのだよ。だって、アピールしたって意味ないでしょ? アピールするってことはそれなりに理由があるわけで。ああ、アホらし。苦労を宣伝して、恥ずかしくないのかな? だいたい、若いときの苦労は買ってでもやれ、なんていうけど、若いときに苦労するとこういう人間になる、という良い例かもしれないね。ってわけで、もうちょっとウォッチングしてみます。ああ、意味不明ですみませぬm(__)m。みなさん、若いときに苦労はしちゃあいけませんよ! あ、年取ってもしたくない…か。

2000年8月14日(月) りょうた、空を飛ぶ

▼「下ばっかり可愛がるな」 無事帰還の報告を入れたら、いきなり実家のばーさんに言われた。反論すると、ばーさん、じーさんだけでなく、自分の弟妹にもそう見えたんだと。全くそんなつもりが無いから始末が悪い。たまたま次男は赤ん坊で、長男は生意気盛りの癖に意気地なし……、あっ! これか…。上の文章からいけば、「次男=赤ん坊」に対応させる文章としては、「長男=生意気盛り」で済むのだ。なのに、もうひとつ「意気地なし」までつけている。この無意識が言動行動の端々に出てしまうのだな。未熟者>自分。 ▼わが家の小3の長男は「りょうた」と言います。ネットでは父が「りょうた」。これにはちょっとした理由があるんですがそれはまた後ほど。ともかくわが家のりょうたは上にも書いたように、ホントに生意気な癖に意気地なしで、その上とても鈍臭いヤツなのだ。帰省中は海に山に遊びまくったんだけど、ある高原リゾートへ行った時のこと。りょうたとふたりで貸し自転車で園内一周を目論んだ。 ▼貸し自転車屋から伸びるサイクリング道路は二手に分かれている。平坦な道と下り坂である。迷った末に下り坂を選んだのが、後の恐怖を引き起こす結果になるなどとは露ほども思わず、高原の紫外線の強い太陽光線にジリジリと肌を焼かれながら坂道を下り始めた。下り始めるとすぐ、「うわぁっ、ブレーキが効かない!!」 先を行くりょうたが叫び声を上げた。後ろを行く父親はのんびりしたもの。だって、整備士が何人もいる名のあるリゾート内の貸し自転車屋で、ブレーキの効かない自転車を貸し出すなんて考えられないでしょ。ところが、りょうたはフラフラと自転車を揺らしながら徐々に加速していく。ブレーキが効かない、と叫びながら……。 ▼鈍感な父親が、まずいっ! と思ったときりょうたはすでに遥か先を走っていた。慌てて加速する。両手でブレーキをギュッと握れ! 追いかけながら叫んでも届いているのかいないのか、彼の自転車のスピードは増すばかり。途中、昇ってくる自転車と何度もぶつかりそうになる。背中を冷たい汗が流れる。追いつかない。恐ろしいスピード。遠く先に右の急カーブが見えたときは、大事故を予感した。りょうたの右側に回りこんで、右手で彼の後ろブレーキを握るしかない。マジで神様に祈った。ところが、りょうたは下から来る自転車をよけるために、左に寄ってしまう。隙間がなくなる。カーブが近づく。万事休す…。 ▼サイクリング道路はアスファルトである。問題の右急カーブには、普通の道路のようにワイヤーのガードレールが設置してあった。その下は藪。どうなっているかは見えない。りょうたの自転車はそのガードレールに正面衝突したのだ。瞬間、フワリと宙に投げ出された姿がはっきりと見えた。背筋が凍った。名前を呼びながらガード下に消えたりょうたを追う。しかし、姿は見えない。 ▼数メートル下ると、「わかってたんだよぉ〜」 と意味不明の第一声で、りょうたがすがたを現した。全身をくまなく点検するが、奇跡的にどこにもケガはないようだ。草深い傾斜地がクッションとなって救ってくれたのだ。問題の自転車のブレーキを握ってみると、あれ? 効くじゃない…。でも、かなり硬い。動転していて握れなかったのだな。子供用としては問題ありだ。ともかく坂道を登りながら幸運を感謝した。「恐かった。オレ死ぬと思ったよ、生きてて良かった」 引きつった顔でりょうたが言う。心から幸運に感謝した。だって、あのスピードでアスファルトで転倒したらどうなっていたか。もし、上ってくる自転車とぶつかっていたら…、園内を周遊するカートに衝突したら…。考えるのも恐ろしい。 ▼貸し自転車屋に辿り着くと、緊張が解けたのかりょうたの目からは大粒の涙がこぼれた。かわいそうなことをした。貸し自転車屋に散々文句を言ったあと、左足が痛いと言うので診てもらって湿布をして退散した。だいたい、乗る前に点検しなくちゃダメだよね。わが子の鈍臭さを認識していないもっと鈍い父親大失態の図でありました。 ▼長々と話が飛びましたが、こういう鈍臭さだけでなく全体的に似てます。姿形は似てないのだが、性格的には瓜二つと言っても良いかも。隠すテクニックが無い分、自分の嫌なところがりょうたからは鋭角的に発散されている。一番見たくない自分、かも。う〜ん、課題でありますね。ま、自分が嫌いなわけではないから、問題無し、と言いたいところではありますが。長男が生意気で腹立たしい行動言動に走ったら、今回の出来事を思い出すことにしましょうかね…(^^;;;。

2000年8月8日(火) しばらく寄生します

▼毎度の休暇前超多忙で自失してしまい、昨日はトチ狂っちまったかな(^^;;;。いやあ、読み返してみると完全にてんぱってるわ。まあ、ぼくはなんとか、正常な社会生活を送っておりますので。サイコ野郎でもないし、ストーカーでもないし……、今のところ…。 ▼ストーカーといえば、あのわけわからん法案はひどいなぁ。だいたいストーカーと恋するにーちゃん・おねーちゃんをどうやって区別するんかいな? 新しい恋人ができたからって別れたら、昨日までの恋人が追っかけてくる。一方的に別れ話を出されてすんなり納得するようなおめでたい人はいないだろうから、これは当然の反応だよね。ところが、これがストーカーになっちゃう。信じられない。♪追いかけて〜、追いかけて〜♪ って歌があったけど、恋愛なんて大なり小なりそんな状況があるわけで、それをいちいちストーカーってね、これはおかしいですよ。 ▼人間の心理は簡単に白黒つけられない。こんなことは誰だって知ってるわけで、だから法律に任せましょう、ってのは幼稚っていうか、全体主義的っていうか。ほとんどの場合、相手をそこまで追い込むに至るまでには、相手ばかりじゃなくて、自分にだって非がある場合が多いんじゃないのかな。自分で蒔いた種は自分で刈り取りなさい。そりゃもちろん、危ない変態サイコ野郎だっているでしょう。迷惑してる人がいるのも理解できてます。気になるのはその区別で、恋する人とサイコ野郎を無機的恣意的な法律がどう判断するのか、そのへんがどうしてもわからんのです。 ▼さて、8/9からぼく一家は新潟の実家に帰省しますので、しばらく更新はできないと思われます。一応モバイルセットは持参しますが、たまに掲示板を覗くくらいがいいところでしょう。メールの設定はどうだったかな…(^^;;;。とりあえず、14日ころまでには帰ってくるつもりですが、なりゆきでどうなるかわかりません。というわけで、行って来ます。みなさんもよい夏休みを。

2000年8月6日(日) 一日中、『ホワイトアウト』を探してました

▼宇多田ヒカルのアルバムが無くなった。昨年の帰省で妹に借りた『クロス・ファイア』の上巻が消えたままだ。『もののけ姫』のビデオは見当たらなくなって久しい。その他、貸したまま忘れている本、出し忘れている結婚式の出欠ハガキ、払い忘れている固定資産税の払込用紙、りょうたの成長を撮影した8ミリビデオ、無くなっていることにすら気づかないモノ…。今朝は、ノートパソコンのPHS用PIASの設定をしていて、プロバイダのアクセス用パスワードがわからなくなって往生した。 ▼単なる整理下手じゃなくて整理が全く出来ない性格なのだ。っていうか、整理なんて無駄でしょ? 年に一度、カミさんに尻を叩かれて書斎の掃除をするが、調べ物をしているうちにすぐに元通り足の踏み場も無い部屋に戻るんだから。 ▼今一番見つけたい探しものは、真保裕一『ホワイトアウト』なのだ。今夏の帰省で、モデルである奥只見湖に行く予定なので、映画公開に合わせて「名作の舞台」と銘打って編集してみようかと思ったのだが、本が見当たらない。読み返さなきゃどこをどう撮影したらいいかわからない。ずっと探していたが見つからない。ああ、やっぱり整理は必要だ。すでに作家ごとに書棚を整理するなんて不可能な量なので、何か方策を考えねば。床に積み始めるとダメなんだよね、本は。しかし、帰省まで残すところ3日。だいたい文庫かハードカバーかも覚えてないんだから情けない話。もしや…? ホントに読んだよなぁ。

2000年8月5日(土) こんなにリサイクルできるんだぞ

▼3週連続で訪問した。先週も書いた、「埼玉県環境科学国際センター」である。リサイクルに興味を持ったりょうたが、夏休みの自由研究で「リサイクル」をテーマにしたいと言い出したためだ。今こうして書いている父親は、息子が取ったノートを見ながら書いているわけ…。 ▼順番にリサイクル可能なゴミとそれから出来る物を列記してみる。「生ゴミ→肥料」「古着・古布→雑巾」「新聞・雑誌→新聞・雑誌」「発泡スチロールのトレイ→ボールペン」「牛乳パック→トイレットペーパー」「スチール缶→鉄筋」「アルミ缶→フライパン」「ペットボトル→シャツ・衣類」「ガラス瓶→ブロック」「廃油→石鹸」「地下鉄の切符→炭」「定期券→ベンチ」  いやあ、不勉強だった。こんなにリサイクルできるんだ。「ペットボトル→衣類」とか「トレイ→ボールペン」なんて驚きだよね。最後のふたつなんて、まず信じられない。 ▼研究といってもどうやるかというと、一週間のゴミを調べてどれがどれだけでてどれだけリサイクルできたか、ノートにつけるんだそうだ。ま、口出しはするまい。影響で、わが家でもやっとリサイクルに積極的になりだしたようだ。これは続けたい。

2000年8月4日(金) 読書感想がなぜ書けないか 

▼「お父さん、読書感想文ってどう書いたらいいの?」 食事時、小学3年生の長男に問われた。夏休みの宿題である。前にどっかのウェブで話題になったらしいが、出不精のため詳細は知らない。ああ、あん時ちゃんと巡回して読んどけば良かった……。あとの祭り。あれ? 良い感想文とは、だっけ? ▼読書感想文かぁ、復唱しながらすばやく頭を巡らせる。が、適当な答えが見当たらない。思わず口を突いて出た言葉が、「感想文っていうくらいだから、その本を読んで思ったことを書けば良いんだよ」。あああ、その作業が一番たいへんなんだよ。よく知ってる自分がこんな言葉を吐くなんて……、すまん。 ▼小学生だろうが、誰だろうが、本を読んだら少なからず感想があるだろう。問題はその思いを文章にするテクニックなのだ。テクニックという言葉に語弊があるなら、思いと言葉を直結させる思考方法、とでも言えばよいか。混沌とした未熟な脳髄にある漠たる塵のような感想を膨らませて、具体的な文章に置き換える作業−これが厄介なのだ。 ▼小学生の読書感想文といえば、延々とあらすじを書き連ねた文章を思い浮かべる。実際、小学生の感想文なんてそんなのが主流でしょう。ぼくだってそんなもんだった。じゃなかったら、主人公の行動ひとつひとつを上げて、ぼくだったらこうします、わたしはこう思います、と。自由な発想で感想を書くなんて彼らには無理な話だと思うのだ。 ▼もう一つの障壁が、もし自由な発想で自分なりの感想を持ったとしても、そんなことを考えるのはおかしいんじゃないか、と周囲の目を気にしてしまうこと。読書感想文とか作文って人に読まれるのが嫌だったもんね。 ▼まったく、子供に説明するために、ウェブを使って考えをまとめるダメな父親なのだが、じゃあ子供にはどう指導すればよいか。ともかく、彼が課題にした本を自分も読んでみようと思う。そして、彼とその本についてじっくりと話してみるつもりだ。もちろん、大人と子供の感想は違うから、変に誘導しないように注意しながら。どうやっても、小学生と同じ視点に立つことはできないから、父親は自分の感想を絶対に言わないようにしなければね。そして、彼の感想をひとつひとつ誉める。膨らませる手助けをする。これに尽きるかな。さて、彼が選んだ本は『デブの国とノッポの国』。デブの父親には皮肉な本だなぁ……。

2000年8月3日(木) ネット多重人格 子ども編?

▼フラフラとインタ−ネットを巡回していて、偶然6歳の子どものウェブサイトを見つけた。よく見かける親が子供自慢する情けないページとはちょいと違う。いかにも6歳が自分で作ってる風なのだ。ポケモンだのポスペだのゲームだのがコンテンツ。…なのだが、どこかおかしい。あれ、BBSまであるじゃん。あちこち読んで納得した。なんのことはない、親が作っているページなのだ。おおおっ、BBSには子どもの名前で投稿がしてあるぞ。ふむふむ……、ありゃあ、子供の文章じゃないね。親が子どもの名前で投稿しているんだね…。アホらし。6歳の子供の名前で親が発言するなんて、親ばかの極みどころか悪趣味も甚だしい。親の代筆…。手紙でもさ、これほど子供と相手を馬鹿にしたことはないでしょ。どっかかん違いしてるんだよね。ああ、代筆ならまだ救いがあるか。▼子どものころから、パソコンに慣れ親しむのは悪いことじゃない。ウェブサイトだって作ればいい。でも、ヘタクソだろうがなんだろうが、四苦八苦して自分自身で作ってこそ意義があるのだ。子供はお人形さんじゃないんだよ。親の自己満足だけに子供を利用して恥ずかしくないのかな? これならまだ親ばかサイトの方がなんぼかましだ。うう、背中がムズムズしてきた。えっ? ネット多重人格者? ジョークサイト? いや、わかりませんよ、6歳にしてHTML自由自在の天才児かもしれないから。

2000年8月2日(水) 同僚が殺人犯?

▼午前中のうちから断続的に襲ってくる擬似ナルコレプシーと闘っていたら、警視庁生活経済課という警察小説好きにも耳慣れない部署から電話が入った。しかし、警察からの電話って身に覚えがなくても緊張するもんだねぇ。悪いことは何もしてないけど、とりあえず余計なことはしゃべらないようにと、わけのわからん決意をして電話に出たら拍子抜け。前に和牛商法で話題になった「和牛の里」という業者の広告を扱ったことがあるかというものだった。これにはちょっとした経緯もあり、鮮明に記憶していたので扱っていない旨即座に伝えた。ところが、ホントにはっきりと覚えていたので即答で断言したんだけど、どうも相手の警官はそれが気に入らないらしい。答えを用意していたように聞こえたのかな? よく小説で目にする疑問や齟齬をとことん突く警官独特の話術の一端を垣間見た、というか聞いたような感じ。執拗だった。が、もちろんこちらにやましいことは無いので、理路整然と淀みなく受け答えしたら間もなく電話は切れた。あの事件をまだこねくり回しているなんてご苦労なことです。▼それにしても思い出されるのが数年前に池袋駅で起きたある殺人事件だ。喧嘩の末に転倒した大学生が死亡したという事件だが、当時ネットで大々的に犯人探し&情報集めをしていたから、記憶されている方もあるかもしれない。実はあの時、池袋署の刑事がふたりウチの会社にやってきたのだ。そっくりなヤツがいるとのタレコミがあった、と社員の名前と犯人の似顔絵を振りかざして迫ってきたのだ。そんなこと言われてもね。ヘタクソな似顔絵で、問題の社員とは似ても似つかない。顔の特徴的なある部分が似ているだけで、本人と断定できる材料は何も無い。突っぱねたらその社員の写真を貸してくれという。元々、人間は切羽詰れば何でもやるという考えを持っているには違いないが、この段になってその社員への信頼がちょっと揺らいでしまったのは恥ずべきことだったかもしれない。刑事に社員の写真を渡すという行為には背徳的な匂いがプンプンしたし。結局、写真をコピーして渡したのだが、今思えば術中にはまっていたんでしょうね。しばらくして、間違いだったと丁寧な電話が入った時には心底ホッとした。もう何年も前の話だが、未だに社員の誰にもその話はしていない。犯人も捕まっていないようだ。人を殺してのうのうと生きている犯人の胸中を想像するのは難しい。だが、人間追い詰められて逆上すれば何でもやる、これだけは間違いないだろう。連想が飛躍して申し訳ないが、相手が親だろうが子だろうが関係なく。それどころか血縁関係が逆上を助長する場合の方が多いような気もするのだ。

2000年8月1日(火) 高校野球トトカルチョを公営に!

結局、ギャンブルの対象程度としか捉えられていない高校野球を、「さわやか」だの「熱血」だのと美辞麗句で飾り立てる風潮が理解できない。あんまりにもヘタクソな上にギャンブルの対象なもんだから、よってたかって保身してあげてるのかな? トトカルチョするのは、そうでもしなきゃ誰も見ないという危機感が高じて朝日新聞とNHKが企てた陰謀だったりして…。 自分はどうかというと、煽り立てるマスコミと、単なる賭け事で楽しむ方々の乖離ぶりがおもしろくてたまに見てます。ボキャブラリーの少ないアナウンサーのアホぶりもおもしろかったりして…。表向きはギャンブル禁止のわが日本。ところがどっこい競馬競輪競艇にオートにサッカーくじ。パチンコなんか換金できない店はありませんよね。高校野球だってトトカルチョをやってない職場の方が少ないくらいでしょう。こういう建前本音の使い分けは教育上よろしくありません。すっぱりと断ち切れないもんかな。っていっても絶対に断ち切れないお国柄。そうか、こうなったら、開き直って高校野球トトカルチョもサッカーくじみたいに国で管理しちゃえばいいんだ。中央競馬会ほどの暴利をむさぼらなくても、かなりの金額が国庫に入るでしょう。国庫に入った金はスポーツ関連で使うことにしてさ。もし運営できないなら、私設ブックメーカーを設立させて認可制にすれば良いのだ。国は潤うし、いろんなオッズでギャンブルできるから愛好者の方々にも好評間違いなし。失地回復にいかがですか、モリ総理? 本気で騙るあなたにふさわしいグッドアイディアだと思うんだけど…。